建替え決意

19163355 35年前に結婚を機会に知り合いの大工さんに建ててもらった家のリフォームは耐震強化、断熱、屋根、外装等の工事で大掛かりなものとなって、出てきた見積りは新築工事費と変わらない金額だった。

この家に永住するのなら、母の仮住まいを必要としないリフォームも良い。

しかし私達夫婦にはいづれ関東に戻りたいという魂胆があるので、仮に10年後売却するとした場合に、築45年の建物となるので、評価ゼロとなってしまうとリフォームの費用が活きない。それに間取り面で制約があり、リフォームをしても快適なものにはならないのも辛い。

解体費用は余分にかかるけれども建替えもあるかと、新聞やインターネットで調べると、家作り講演会は首都圏では毎週末どこかで開催されていて、積極的にあちこちでかけて参加してみた。

頭に残ったキーワードは、「パッシブエアーサイクル」「ソーラーサーキット」
「高気密高断熱」「外断熱・充填断熱」「オープンシステム」「シロアリ」
「住宅性能表示」といったものであった。

35年前大工さんに建てて貰った体験から、家というものは車や家電製品の様にハウスメーカーのメニュー住宅を買うのと違って、建築家と過程を楽しみながら創りあげたいものだと思っていた。「建もの探訪」や「大改造ビフォアアフター」などのTV番組で、建築家の素晴らしいパフォーマンスを見ていたのも影響したのかもしれない。

しかし、いざとなると建築家の敷居は高く感じる。建築家に頼むと見栄えは良いが高いのではないか。なんとなく気むずかしいのではないか等と余計なことも気になる。それに大阪に建築家の知り合いがいない。どうして探すか。

インターネットで「大阪」「家つくり」「外断熱」などをキーに検索して、毎日いろいろなサイトを読み漁っていた中で、建築家を紹介してくれる会社がある事を知った。まずは横浜に近い自由が丘にある「ザ・ハウス」にアポイントを取って夫婦で訪問してみた。

担当者がこちらの事情を聞いてくれ、大阪で建てるのならと、今は閉店になった大阪店から転勤された女性コーディネータのYさんを紹介して頂いた。

Yさんから大阪で担当された建築家から私達の要望に合いそうな建築家の写真を見せて頂き、建築家との見合いを勧められた。写真で気に入った建築家3名を候補に、私達が11月大阪に行く時に見合い日程の調整をして頂く事になり、判りやすい解説と適切な対応に気分を良くして帰宅した。

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急展開

8月最終週、30年間枚方の家で独り住まいをしていた母へ急に決まった次女の結婚を報告するため、私達夫婦は大阪に向かった。
暑さの峠は越えていたが、まだまだ大阪の残暑は厳しい。

『元気なあいだは独りで枚方で頑張る』と電話では言っていた母も86歳で、気に掛けていた次女の縁談は母を大いに喜ばしたが、暑さがこたえたのか元気が無く、次女の『結婚式に横浜まではよう行かんわ』とすこぶる弱気。

横浜に戻ってからも夫婦の話題は老母のこと。

妻の両親は他界していて、妻にとっても母と呼べる唯一の人である枚方にいる母と『早く一緒に住んであげるべきや』と、妻は私を責める。でもまだ気に入った物件が現れていない。9月に入って、以前に行って好感した不動産屋に電話して、土地物件から中古住宅物件に目標を変えて、候補物件探しを依頼した。

数日して『候補物件を案内したい』という電話をもらい車で3時間強離れた現地に。
数箇所物件を紹介頂いた中では築10年のOMソーラーハウスが気に入る。

それは土地が120坪と希望より小さいが、家は無垢の杉材がふんだんに使われていてログハウス志向の私も満足でき、妻もオープンガーデンが可能だし、母の部屋も確保でき、予算的にも程好い物件であった。
(不動産屋にはそうは言わなかったが・・・・。)

母を喜ばそうと、この物件資料を持って枚方に向かった。

以前は『弱ったら関東に行くので面倒見て』と言っていた母は、相変わらず元気が無い。いろいろ話すと、私達の居ない30年間にご近所との濃密な人間関係が出来上がっていて、他の場所に行きたくないと言い出した。

私達夫婦のように7年で転居という身軽さの上、近所付き合いも希薄なマンション住まいと違うし、自分の親の様に老齢の母を支援頂いた隣人の事を考えると、仕事のためとはいえ永年母を放っておいた親不孝の私には反論はできない。

母の意志を確認して横浜に戻り、妻と相談すると、『今まで7年くらいで転居してきたので、御母さんが存命中は大阪で暮らして、その後また娘達のいる関東に転居したらええやんか』などと簡単に言ってくれる。

しかし、新しい土地ではないし、首都圏からも遠く、水道水は塩素臭い、30年前の裏山は宅地開発で緑がなくなっており、60坪の土地では農的生活をという訳にはいかない。すべて夢から程遠い。(^^;)

終の棲家探しなどと肩を張らずに、ここは柔軟に考えるか。
と夫婦で結論を出したのが9月終わり。

10月4日、大阪へ行って、母に『枚方の家で同居したい』と話すと大喜び。

改めて点検すると築35年の家は、床が凹み。風呂がヒビ割れで湯が漏れており、屋根の老朽化もひどい。それにカビ臭いのが気になる。リフォームしないと住めないと判断し、近所でリフォームを担当した地場の工務店を呼び、見積りを依頼して横浜に戻る。

その後の母はというと、すっかり安心したためか、12月の次女結婚式には一人で新幹線に乗って横浜までやって来て、元気な姿を見せて結婚式に出席した人達を驚かせた。(^^)

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退職して

5月末にサラリーマンをリタイヤしてから、札幌へ赴任する前に住んでいて、次女が独り住まいしていた横浜のマンションへ一先ず戻った。

まずやった事が2つ。

一つ目は、札幌在住時にメールで集めた不動産情報で現地に見に行ったこと。

5つの不動産屋から多くの土地の画像情報をもらっていて、敷地が2~300坪の好ましい土地を絞り込んでいたので、リタイヤ後の棲家がすぐにでも決まるかと思っていた。ワクワクして不動産屋に現地案内をしてもらうと、画像は一番良く見える角度からの撮影という事もあって、画像で抱いていたイメージと違いすぎ、がっかりの連続だった。

こういう事は現地に行ってみないと判らない。広大な北海道の景色を見慣れたせいなのだろうか、一部の所を除いて息苦しく感じる土地が多かった。(^^;)

先に書いたニセコのOさんは、「退職前から数年掛けて、関東近郊から始め、あちこち探して、やっと理想の場所を見つけた」と言われていたっけ。時間を掛けて、根気よく、気に入った土地を探すことにした。

二つ目は、農的生活の一助にと「田舎の学校」の菜園実習講座に参加したこと。

リタイヤ後は自分達が食べる野菜くらいは自分達で作ろうと話合ってきたけれど、枚方を出てからの30年間はマンション暮らしで土いじりをする環境と心の余裕がなかった。

ラウベという休憩小屋・簡易宿泊施設付きの市民農園であるクラインガルテンで予行練習しながら、じっくり土地探しをと思ってインターネットで検索し、各地に問い合わせたが、この時期にはどこも空きがない。(^^;)

インターネットで検索しているうちに「田舎の学校」の存在を知り、川崎市内で行っている家庭菜園実習に潜り込ませて頂いた。

12名のグループで自分達に割り当てられた土地で、土壌作りから野菜の種まき、収穫まで一通りの基本実習をさせて頂いたのだが、生徒は農業高校生やサラリーマンや主婦と幅が広く、私が最年長であった。中には何年も通っていらっしゃる先輩もいて、先生の助手の様に手ほどきをして下さり、楽しく勉強させてもらった。

この「田舎の学校」では、東京農大の先生達による菜園基礎講座も公開されていて、中高年が多く参加されていてよい刺激になった。

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退職前に

社会人となって41年間、東大阪・枚方・船橋・平塚・横浜・札幌と転勤などで住まいが変わった。おおむね7年ごとに転居したことになる。

平成17年5月末に北海道の札幌でサラリーマン生活の幕を閉じた。

その北海道には季節が2つあって、「色のある季節」である4月から10月に道内<あちこちをドライブすると、広大で素晴らしい自然に恵まれた北海道に永住するのを想像して夫婦で話しあったのは大変楽しい思い出だ。

が、私達夫婦には、11月から3月の雪に閉ざされた「白い季節」をリタイヤ後にどう楽しむかという課題を解決するに至らなかった。

永年勤務されていた東京の会社を早期退職され、美しい自然に魅せられて札幌へIターンされた35年来のアマ無線友達Danさんもそうだが、実際に北海道へ移住された本州人達を訪問すると、皆スキーなどのウインタースポーツを満喫されていた。

定年退職後横浜からニセコに移住されて7年のOさん御夫婦は素敵なログハウスにお住まいで、本当に若々しく雪深いニセコでの生活を、楽しく話して頂いた。
【Oさんについては田舎暮らしのノウハウが書かれてる「田舎暮らしの愉しみ」をご覧ください。】

しかし、私達夫婦にはせいぜい週末に定山渓温泉へ行く事くらいしか能がない。

白い季節」には「リタイヤしたら何処に住むか」を夫婦でよく話し合った。過去に住んでいた所にはみんな良い思い出があって、どこも候補になりえたが、私達夫婦は「新しい土地に住んでみたい」というのが話の結論だった。

飲水が美味しく、緑に囲まれ自然豊かな、冬には少々雪が積もって、首都圏に住む娘達や孫達家族と行き来したい。私はログハウスと農的生活を、妻はオープンガーデンと明るいキッチンをとお互いの想いを話し合った。

この実現のために二人で書籍やインターネットで情報を探すことに夢中になった。そして絞り込んだのは次の4地域。

①栃木県那須高原 ②長野県佐久平 ③山梨県北杜 ④長野県駒ヶ根・高遠

これらの不動産情報をインターネットや田舎情報誌などで収集していった。田舎情報誌では「ふるさとネットワーク」(ふるさと情報館)を年間購買し、リタイヤ出来る日を楽しみにして、毎月4地域の情報を読んでいた。

ふるさと情報館のHP http://www.furusato-net.co.jp/

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