左官工事
内壁下地材は写真の様に石膏ボードと合板が混在している。工務店選定とVEのページに書いた様に、この上にこだわりの薩摩中霧島壁ライトを左官屋さんが塗る予定だった。
が、担当の竹原さんから10月19日に
「現場を一目見た左官屋さんが、薩摩中霧島壁は石膏ボードと合板の湿度や温度に対する挙動差を吸収できないため、境で将来ヒビ割れすると看破された」と連絡が来た。石膏ボードや合板だけの壁もあるのだが、エアコン設置や水回りなどを考慮して混在している壁面が多い。調湿や吸臭効果を期待して薩摩中霧島壁を選んだが今頃言われても・・・・。トホホ。(^^;)
薩摩中霧島壁の施工マニュアルをじっくり読んでみると
「石膏ボードと合板が同じ仕上げ面にあると、色むらやクラックの恐れがありますので避けてください。見切り縁、目地などによる処理をしてください。」
と明記されている。見切り縁や目地はデザイン上難しい。(^^;)
これから薩摩中霧島壁をとお考えの方は下地材への配慮が重要。
最近は10軒の内1軒ほども内壁を塗り壁で施工する家がないため、経験不足であった事を正直に認められ、「次回現場での打合せ迄には左官屋さんと打開策を考えますので・・・」と竹原さんからお詫びメールが来た。
塗る前に指摘頂いた左官屋さんの見識は素晴らしく、ありがたい。
内壁の薩摩中霧島壁ライトが保留になったので、外壁の左官工事が先になった。
写真は外壁はラス板+ラス網の上に左官工事でモルタルの下塗りがされている。
10月27日打合せのために横浜から枚方の現場に行ったら、外壁仕上げ塗りが完了していた。
仕上げ材はジョリパット。ヒビ割れの確率が低い材料で外壁に最適と竹原さんから勧められ、メーカーの東京ショールームに2回足を運んで色や仕上げを決めた。
打合せで、いかにも職人と見える左官屋さんが塗りサンプルを見せて調湿機能のある伝統的な自然素材である漆喰壁を提案された。漆喰壁は、石灰、フノリ(海藻の糊)、麻スサ(麻の繊維くず)を原料とする壁仕上げで、先に紹介した本「本質を暮らす贅沢な家」でも、著者が実際に使って良さを絶賛されている。
私も以前「いい家は無垢の木と漆喰で建てる」を読んで漆喰壁にあこがれたが、漆喰を大壁で塗れる左官屋がいないと聞いていて、漆喰塗料カシヌールが現実的かと思っていた。今回担当された左官屋さんは40年のベテランで、「自信を持って漆喰を勧めます」ときっぱり仰る。私はこの左官屋さんの真摯な態度に接して、薩摩中霧島壁から漆喰壁に変更する事に同意した。
11月4日には漆喰壁塗りが完了したと、左の写真を福味さん主催のmixiコミュニティに掲載頂いた。内装工事途中の写真だが、美しい白壁の様子。福味さんから、
「この左官屋さんは壁面の中央と端や角では微妙に粘度を変えて塗る優れた技量の持ち主」と聞いた。素晴らしい左官屋さんをアサイン頂いた吉岡木材さんに感謝。
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盆休み前、構造・使用材料等について3つの検査機関の検査が行われた。8月10日に住宅性能評価機関、11日に住宅保証機構と建築基準法に基づく検査だ。
盆あけの8月23日に枚方の現場を見に行ったら、外壁や床下地材の
写真は一階リビングから吹抜け上のロフト・天井を見たところ。南から北への勾配天井は野地板を表しにしてもらったが、天井の杉板が北窓からの光で美しい。
この家はボード気密工法で丁寧な構造用合板の釘打ちが重要だ。が、福味さんが以前から心配されていた様に関西の大工さんの気密に対する意識は高くない。
写真は構造用合板の節抜けなのか孔が空いたまま施工されているものがあった。
写真は打ち損じた釘が出ている。
基礎断熱は
8月1日には足場が仮設され、屋根などの木工事が始まったのを見届けて、横浜に戻った。
8月4日、福味さんが写された現場写真。
8月8日、福味さんが写された現場写真。
8月28日、現場監督の益田さんが撮ってくれた片流れ屋根完成写真。屋根のTOPには換気仕舞がされ、屋根下の空気が上部から抜けるようになっている福味さん得意の工法だ。
7月28日(金)夕方に立ち寄ったら、
気密シートは基礎パッキンの下に敷かれており、今後外壁の防水シートを貼る時に構造用合板との間に巻き込んで気密性を持たせる。
7月29日(土) 昼前に行ったら通し柱が立ち、一階の間柱や梁の工事が進行中。木材は
「5時頃に来て」と言われ、近くのホームセンターで時間をつぶして行ってみた。雨がウソみたいに晴れ、大工さん達が2階部分を組み上げていた。が、3時間の中断で上棟はこの日には間に合わない。福味さん・吉岡さんと話し合い延期する事になった。長女家族も上棟式に駆けつけてくれていたのだが・・・・。(^^;)
7月31日(月) の17時にはロフト部の柱も建ち、二階やロフト床の構造用合板と一部屋根の野地板(杉板)が打ち付けられていた。
工務店の吉岡さんと私達夫婦が、家の四隅を塩・小豆・洗い米・酒の順で清め、福味さんの司会で吉岡さんが準備頂いた
7月21日、
基礎は
7月25日、基礎立ち上がりのコンクリート打設。コンクリートミキサー車から型枠に流し込んでいる。
7月26日夕、妻が和歌山での法事で立ち寄って写した。基礎には雨に備えてシートで覆われていた。
35年前に結婚を機会に知り合いの大工さんに建ててもらった家の解体は7月3日(月)から始まったが、母の荷物を引越しして母と私達夫婦は横浜に戻ったので、この家を壊される悲しい姿を見ずに済んだ。
解体自体は3日間で終了したが、廃材の分別には4日間もかかったようだ。「解体工事中は雨で砂ほこりも無かった」とお隣から母への電話で聞いた。梅雨時期だったのが幸いした。
7月10日には分別した廃材の搬出も全て終わり、7月11日には梅の木などを残してすっかり更地にされていた。
7月12日に
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